子どもたちの健やかな成長を

学校・家庭・地域の協働によって育てる学力とは -第58次

2008/10/18

シンポジウム

 特別集会においては、「子どもたちの健やかな成長をめざして -学校・家庭・地域の協働によって育てる学力とは-」をテーマにシンポジウムを行いました。コーディネーターに赤池浩章日本教職員組合 国際・広報部長を迎え、学識経験者・保護者・教員のそれぞれの立場から子どもたちが必要としている力は何か、そのために学校・家庭・地域はどのように子どもたちにかかわったらよいのかについて意見交換し、共通理解をはかることができました。

はじめに

赤池さん

 今日の集会では、子どもたちの現状や最近の教育をめぐる情勢をふまえて、子どもたちが必要としている学力とは何か、そのために学校・家庭・地域は子どもたちの成長にどのようにかかわっていったらよいかについて考えていきたいと思います。

子どもたちの現状をどうとらえるのか?

保護者代表

 保護者という立場で話をさせていただければ、学力低下という言葉は、あまり身近な言葉ではないと思います。学力低下といっても、子どもが持ってきたテストの点数が50点だった時に、これは学力の低下かもしれないと、本人が悪いのか、先生が悪いのか、学校が悪いのか、そんな感覚ぐらいでしかとらえていないような気がします。保護者は、自分の子どもに関しては非常に過保護になりがちです。80点より85点だ、85点より90点だとなりますが、それぞれ学力のとらえ方にも違いがあると思うので、学力低下という言葉は、すごく疎遠な感じがします。

教員代表

 総合学習が始まって、調べた事を発表する機会が増えてきました。子どもたちは、資料をもとに結構上手に説明します。でも、その内容を聞いていると、インターネットで調べたことをまる写しにしていて、本当に理解して、自分で考えているのかなと疑問に思うことがあります。また、算数の学習などにおいても、計算の仕方はよく身についているのですが、何か具体的な場面で数量の関係を求めたり、今まで学んだ考え方を生かして、別の新たな課題を解くのに工夫したりすることが苦手な様子を見せる子が多いように感じます。それらは、知識・理論こそ身についていても、それを活用する力や自ら課題を解決する力、多様なものの見方や考え方を比較したり検討したりする力が十分に育っていないからだと思います。

学識経験者

 わたくしたち学校教育に携わる者としては「多くの子どもたちが社会人として身につけなければいけない最低限のものを身につけさせるのだ」ということに徹することが大事だと思っています。いわゆる集団の中で、子どもたちを培っていくわけですから、人の苦しみだとか、思いやりだとか、そのような事も含めて人間としてどのように育てていくかということ、全体をとらえることが必要だと思います。だから学力低下ということだけに巻き込まれるのではなくて、一体、集団の中で何を身につけさせていくべきかということをやっぱり重点的に考えなくてはいけないと思います。学力もその中の一つではありますが、そういったことで全人格を形成させるために何が必要かという観点で、もう一度教育現場、そして子どもたちの様子を見つめ直す、そのような機会にしていくべきだろうと思っています。思いやりや人とのかかわり方だとか、そういったところにも力を入れていく、それが広義の学力と言いますか、学ぶ力、生きていく力で必要なことではないかと痛感しています。

どのような学びが必要なのか?

赤池さん

親から見て学力というのは、わかりやすい数値の部分だと感じました。今、言われている学力の低下が非常に見えやすい部分、はっきり数値で表されている部分だけが先行してしまっているというような気がします。一方で、中身の部分で悩んでいる学校の様子、学校現場の様子があるということも感じました。ここで一番必要なもの、子どもたちに足りない部分、どういう学習が必要なのか、話をうかがいたいと思います。

学識経験者

 子どもたちに「どんな目的で勉強するのか」ということを、大人として言わなければならないと思います。教員として、発達段階に応じて、「こういうことを指導しなければ」と思ったとき、自分なりの考えをもって指導してほしいと思います。勉強の目的を感じさせることで、がんばる自分、目的をもってがんばる自分というものへと育てていけると思います。どこの学校でも、子どもたちに何か目的をもたせてやらせるということが必要であると思っています。

教員代表

 一昨年、本校で60周年式典を行いました。その式典で、今回ノーベル賞を受賞された先生を体育館に招いて、講演をしていただきました。その時の講演で、ファーブルが蚕の研究をしている時に蚕が病気になり、困っていたら、ファーブルのもとに勉強に来ていたパスツールが蚕の知識がなくても病気の原因をつきとめ、解決したという話をしてくれました。そのことから子どもたちに「虫のことを何でも知っている人が解決できなかったことを虫について何にも知らない人が解決できた。つまり原理原則を見抜いて、それを他に応用する力があれば、それは自分が知らないことであっても、未知のことであっても、解決できるんだよ。その後、生き抜いていけるんだよ」というメッセージをいただきました。やはり、今、生きる力っていうのは、単なる知識・理解ではなくて、それを応用して、他のことまで解決していける力が、本当に生きる力として大事なんだと思います。

保護者代表

 企業的な部分から言いますと、企業というのは利益を追求して利益を上げるのが目的とよく言われます。しかし、商業道徳というものがあります。昨今は、お金さえ手に入れば何をしてもよいというようなスタイルが、社会的にあふれている状況です。やはり、人と人とが寄り添って、世の中という器の中で生きていくには、必ず互いが寄り添う道徳みたいなものが必要になってくると思います。これは、企業だろうが、家庭だろうが、地域だろうが、学校だろうが、全部一つのルールというものがあるので、それをきちんとできるかどうかというのが、根本的な問題だと思います。まずは、人として基本的なことを学ばせることを一番大切にしなければならないと思います。

「学校・家庭・地域の協働によって育てる学力」についての取り組み

教員代表

 年度目標を学校・家庭・地域の協働のキーワードにした取り組みを紹介させていただきます。本校では年度目標を学校の願いからだけではなくて、家庭の願いや地域の願いとすり合わせて設定しています。願いを知る手がかりは、保護者アンケートや学区協力委員の方々の声などです。このようにして、本校では協働の第一歩は共通・共有の目標をもつことととらえています。つまり、年度目標こそ、協働へのキーワードであると考えます。本校の年度目標は『知・徳・体』の3つを柱としています。本年度における「知」の『自分の考えをもち、深める』というのは、最初にもった一念的な考えがいろいろな見方や考え方をふまえた考えになるということです。「徳」の『ニコニコ言葉』というのは、言われた人が嬉しくなるような言葉です。「体」の『すすんで遊ぼう』というのは、学校にいる間、1日30分間は外で遊ぼうというものです。これが学力とどうかかわるのでしょうか。「知」の目標は、知識・技能を身につけ、それを活用する能力ですから、学力の中心となる部分と言えます。「徳」と「体」の目標は一見学力とは関係なさそうにみえますが、そうではないと思います。ニコニコ言葉が増えれば、安心感が生まれ、何でも言える関係がつくられます。また、すすんで遊べば、遊びを通じて仲間づくりができます。学びは学び合える集団において生まれます。よって学び合える集団作りは学力を支える大切な部分と言えます。 では、学力とは何でしょうか。本校では自ら学ぼうという関心・意欲・態度、習得した知識・技能、それを活用する力、これらをトータルしたものと考えています。活用する力を育てるためには、書くことで考えをもつ、話し合って合流する、また書いて再考するという3つのステップで取り組んでいます。そして、これらの学習が成立する基盤として、学び合える集団づくりが不可欠なのです。こうしたことを学校全体で、そして、家庭や地域で共通理解のもと、すすめていくことが大切であると考えます。

学識経験者

 教職員の共通理解というのは当然ですが、保護者にもその思いになっていただけるような手だてが具体的に講じられているということが、極めて大きいと思います。ですから共通理解というのは、理解だけすればよいのではなくて、協働行動に結びつけていただくものです。目標を達成するための具体的な活動がきちんと提起されていて、親もそれを見やすい、子どもの成長の過程も見やすい、だから親もきちんと理解をして信用してくれるということが、きちんと系統的になされているということは、多くの学校の参考になるのではないかなと思います。

保護者代表

 協働の第一歩は共通の目標をもつことと、頭ではわかっていても、なかなか実践できないこともあると感じています。 子どもを中心にすえて何が一番よいのかという話をきちんとしなければ、学力だ、道徳だと言ってもおそらく何も言うことはできないということを地元小学校のPTA会長をやったときに感じました。結局、何かをする時には協働していかないと、うまくいかないです。それぞれお互いがもっているものを出し合わない限りは、なかなかうまくいかない、そういう意味で目標を1つもって、みんなでそれをどうしたらよいかと考えるのは、非常によいことだと思いました。

赤池さん

 わたくしも通知表を渡す時の懇談会で、この項目についてはこういう観点で見ています、これについてはこういう観点で見ていますと、保護者の方々に説明して渡していたのですが、保護者の方が「どうして、それを早く言ってくれなかったの」とおっしゃいました。具体的に話をしてもっと早くわかっていれば、見方も変わったのではないかということです。今、教員代表の方の話にもあったように、どこの学校でも学校便りなどで、目標を渡しているとは思うのですが、実際にどのようにして一緒にやっていきたいのだということを、メッセージとして言葉で顔を見ながらちゃんと伝えていく、そういう努力をする必要があるのではないかと感じました。

フロアからの意見をまじえて

フロア(教員)

 わたくしたち教員は学習指導要領をあくまで大綱的基準としてとらえ、各学校や学級の実態に応じて教育課程を編成していく必要があると感じています。その時、新しい学習指導要領をどのように使っていったらよいのか、ぜひ参考になることがあれば教えてください。

フロア(保護者)

 子どもたちの健やかな成長として、我が家の方針は子どもたちに、まず考えて、調べろといつも言っています。まずは、こだわれということです。例えば、話題になっております蒟蒻ゼリーの話を家族としていたとき、「どうして蒟蒻ゼリーはだめで、餅はいいんだろう。餅でも喉に詰まらせて亡くなられることもあるのに」という話になりました。蒟蒻ゼリーはいつも買っていますが、それを安心して食べるにはどうしたらよいかと考えたときに、まず、凍らせて、スプーンを使って食べる。そのように食べ方を自分たちで工夫して考えろということです。現在は、かなり社会自体がメディアに振り回され過ぎているような気がするんです。蒟蒻ゼリーだけがいけないというとらえ方は教育としてよくないと思います。こうしたことをもっと学校や家庭、地域で話し合えればいいと思いますが、このことについて、ご意見があったらうかがいたいと思います。

フロア(保護者)

 学力をつけさせるために目標を設定すると思いますが、それは子どもたちが納得して、はじめて、その目標に向かってすすんでいくものだと感じています。その目標を子どもたちに納得させるために、どのような工夫をされているのかを教えていただきたいと思います。

学識経験者

 学習指導要領について、今回の改訂が出たときに、今、子どもたちに何をしてあげることが大切かということからリンクさせていこうと考えました。学年任せだったり、学級任せだったりするものを、全校の取り組みとしてできないかと考えています。ですから、学習指導要領が変わり、子どもの実態をきちんと見た上で、これをこうするということを考える必要があるのではないかと思います。

保護者代表

 わたくしも個人的にいろいろメディアとかかわりがあったのですが、メディアは、やはりうがった見方をされるケースが非常に多いと思います。ちょうどタイムリーに、寒天ゼリーをつくっている方が、「蒟蒻イモがだめだったら、寒天でつくったらどう」って、笑い話のように言っていました。ちなみに、わたくしの家では、やはり凍らせて食べます。

学識経験者

 やはり目標をもたせるというのはすごく大切なことだと思います。先程言った「どんな目的で勉強するのか」という遠い目標を言っても子どもたちは、なかなかわからないのです。だから一つひとつの活動で「これができるようになるとよいね」という、子どもが実感できるような形で取り組ませるとよいと思います。自分も納得できた、やれたという実感を子どもたちにもたせていくこと、その子なりに実感できるものを考えてあげることが大事だと思います。つまり、成功体験をいろいろ経験させてやることだと思います。

学校・家庭・地域の協働

赤池さん

 子どもたちにとって必要な学力を、体験や経験も含めて身につけさせるようにどのような協働を行っているかを話していきたいと思います。

学識経験者

 まず地域との連携は具体性が無いとだめだと思います。保護者の方たちが、学校が子どものためにやっているということを、十分、視覚で、実体として見ることができれば、これが協働していくきっかけになるなと感じました。学校の取り組みはこうです、ですから信頼してくださいということが基盤になって、はじめて一緒にやっていこうという気持ちにきっとなってくれるのではないかなと思います。

教員代表

 私の勤めている学校の視点から考えると、協働ということを考えたときに二つの側面があるのではないかと思います。まず一つは運営的な面です。子どもたちの学びのためのゲストティーチャーであったり、学芸会や音楽会などのお手伝いやピアノ伴奏をしていただく地域ボランティアであったり、地域のさまざまな方を学校教育に生かすという側面があると思います。もう一つは学校で学んだことを、家庭や地域の中で力を伸ばすような力の面での学力だったり子どもがもつ力の面でのこともあったりすると思います。お互いやっていることを共通理解して、家庭で大事にしつけしていることを学校でもしつけする、学校で取り組んでいることをきちんと家庭にもわかっていただいて、そういう力が伸びるような声かけであったり、働きかけであったり、励ましであったりをしていただく、そういう側面も大事ではないかと思います。

保護者代表

 わたくしは市の総合計画の委員もさせていただいていますが、その中でも、協働という言葉が多く出てきます。これからは市民が主役の社会だということで、行政と市民との協働ということが頻繁に言われています。そのときに話をさせてもらったのは、協働するには前提条件として、あらゆる情報の公開、共有がどうしても必要だということです。それと同じで、学校・家庭・地域が協働するためには、まず情報を共有する、公開するところから始めることが大切だと思います。そして、そこから保護者は、やはり学校の先生をきちんと信頼することが大事だと思います。

まとめ

教員代表

 やっぱり連携というのは、それぞれ自分たちがやっている役割を変えないで、ちょっと手伝いできる所をやる。でも協働ということになると、それぞれ共同作業で取り組んで、自分たちがそれぞれでやっている独立したものだけではなくて、共同で何かをつくり上げていくという所が連携と協働の違いではないかと思いました。子どもは、地域の中で生きているので、地域の家庭と学校と、地域の大人で育てているものなので、そういう地域に根差した学校というものをつくっていけたらいいなと思います。

保護者代表

 学校に対して、ダイレクトに何かをやろうとか、どうにかしようとか、そんな難しいことは別に考えなくても、何となく自分の子どもたちも含めて、子どもたちにとってよいなと思うものにどんどん取り組んでいけばよいと思っています。保護者を含めて地域は、学校を基軸にして、外側からフォローしていく感じのものを考えていかなくてはならないと思います。保護者や地域、学校が何か考えて、楽しく笑顔でやっているというのが大事であり、大人も子どもも、みんなが笑顔で生活できるように協働していくことが大切であると思います

学識経験者

 現在、やろうとしている協働の一つの具体的な例として紹介しますと「矢田・砂田橋すこやかスクールロード」という旗をつくりました。9校の学校・園がこの活動に参加をします。名古屋ドーム前の地下鉄から、砂田橋までの一区間の周辺に9つの学校・園があります。たまたま、うちの学校の前をいろいろな学校の子どもが通ります。それで、あいさつをし始めたら、みんなあいさつができるようになったんです。これはすごいなと思って、これらの学校の教頭先生方に「何とか、あいさつからみんなで一緒にやりませんか」と相談に行ったら、みなさん賛同してくれて、区政協力委員長さんも賛同してくれてやろうということになりました。これは名古屋市立と独立法人と私立との壁を越えてやっていく活動で、幼稚園から高校生まで含めた活動になります。基本的には教員主導ではなくて、児童生徒会議を開いて、子どもの中でやれることをやっていこうということで始めました。あいさつ運動から広げて、学校・家庭・地域が1つになっていければいいと思っています。もちろん、人間社会ですので、その中で、お互いを信頼するところから始めていかなければならないと思います。同様に、協働で育てていく学力もお互い信頼がなければ身につかないということをわたくしは最後に申し上げたいと思います。

赤池さん

 子どもたちがわかりたいとか、できるようになりたいとか、知りたいとかという思いは、今も昔も変わらないと思います。もし変わっているとすれば、それにかかわっている大人たち、わたくしたちです。そのかかわり方はどうなのか、わたくしの子どもの時代より、もう少し前の時代には、本当に教育の話は、学校に任せた方がよいと、先生の言うことは絶対だよというようであったと思います。しかし、今はそうではありません。もちろん親が子どもの成長にかかわるのは今も昔も変わらないですが、こと学校教育にかかわる部分については、かかわりが昔よりできてきたのではないかと思います。では、地域はどうかと言うと、昔は地域に怖いおじさんとかがいて、よく怒られました。しかし、今、地域は一体どうなってしまったのかということで、しきりに地域づくりが叫ばれています。今日の話も、まさに、学校・家庭を含めた地域づくりが協働というキーワードでまとまると思います。お互いに難しいことを話すのではなく、普段の経験であるとか、普段悩んでいることを語り合うとか、そこから共有できていくものがあるのではないかと思います。そして、学校が取り組みを積極的に発信することで、学校・家庭・地域で課題の共有化ができます。その共有化をもとにして、「みんなで一緒にかかわろうよ」「子どもたちのために一緒にやっていこうよ」と変わっていくことが、学校・家庭・地域の協働の第一歩であると感じます。これからも、子どもたちのために学校・家庭・地域がさらに協働していくことが、これからの教育に求められているということを申し上げて、シンポジウムを終わりたいと思います。

カテゴリー:子どもたちの健やかな成長を, 教育研究愛知県集会<特別集会>    

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